ご挨拶

いらっしゃいませ♬ 浦安不動産 薫リビング ホームページご来店頂き誠にありがとうございます。
弊社は浦安市とその周辺を主に賃貸・売買の仲介をしております。
賃貸のお客様は上京してこられる女性が多いです。私自身も九州から上京して30年経ちました。
上京した時のわくわくした気持ちと不安な気持ちを忘れずに皆様のサポートをしていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

創業時の頃

薫リビングは創業9年目、スタート時は浦安駅近くのアパートの2階を借り事務所にしておりました。お客様は遠方からインターネットのホームページを見つけて頂いたお嬢さん、お母様やお父様や、ディズニーランドでオーデションを受けるため、また自分の力で部屋を借り東京で仕事をして生きていく!と強い意思を持った女性の方々が来てくださいました。小さなアパートでお客様と上京パーティをしておりました。

最初の事務所
最初の事務所

私の初めての不動産屋経験

私は九州出身で高校卒業後上京しました。最初は寮でしたが半年後出ることにしまして一人で部屋を決めに不動産屋に行き部屋を申し込みました。不動産案内のお兄さんに「何かあったら来て上げれるから」と親切に言われ困惑してしまい6万円の手付金放棄でキャンセルしてしまいました。親にもそこの不動産屋にも本当の気持ちをいったら悪気は無い案内のお兄さん困るだろうしと別のキャンセルの理由を言い散々親に怒られたことがありました。女性が一人で住まいを見に行くのは心配なのではと思いました。

上京した頃
上京した頃

上京する方の応援をしたい

私の東京暮らしも大分経った頃、母が東京へ母の弟姉と一緒に甥っ子の結婚式ということで東京に来ました。
そこで、東京駅、ホテル、上野公園、新宿、親戚の働いている場所などリクエストに応じてエスコートしました。
地方から来ての駅や電車、エスカレーターやエレベーター、地下道で目的地まで行くことはドキドキの連続だと思いました。
最後の夜は、東京の夜景を味わってほしいと頑張ってその当時夜景の有名処 新宿のハイアット リージェンシー ホテルの最上階にあるニューヨークグリル ピアノの弾き語りありのレストランに足を踏み入れました。叔父さん達は「この服でいいの?大丈夫?」
実際私もドキドキでしたが、「大丈夫 大丈夫!」などど言いながらエスコートしていました。
結果 すっごく喜んでくれました。田舎で会う度にあんときは楽しかった~と言ってくれて。

母が50代?でしたでしょうか(今だと若いと思うんですが)東京で1回ダンスホールに行ってみたいといいまして、会社の人や兄に聞いて結果 日比谷のラジオシティ というディスコに連れて行きました。
私もディスコには行ったことはことは無くドキドキでしたが母と腕を組んで入り2階席からフロアーを見てました。
私が東京の住人になってしまうと思うと涙がポロンポロンになるという手紙をくれた母ですが、あんたがいたけん楽しかったよと言ってくれる母です。

何が言いたいのかといいますと、上京する不安な気持ち、勝手が違うドキドキ感わかります。東京をエスコートして喜んでもらえた私はとっても嬉しかったというお話でした!

不動産屋さんを選んだ訳

東京で11年務めた会社を子供を授かり退社し、下の子が小学生になるくらいに起業を模索しました。
・自分で子供の傍でやっていける仕事
・通勤時間がもったいない
・家庭と両立
・一生出来る仕事
・自分の生活圏内で楽しみながらやって行ける仕事
・東京を案内して喜ばれる仕事!
・ここにくれば私がいると会いに来てくれるような場所を持ちたい
・2級建築士と宅地建物取引主任者 の免許は持っている
昔の駄菓子屋さんのような女性も安心して来れる不動産屋さんをやろう!
となりました。

サラリーウーマンの時代
サラリーウーマンの時代

現在の薫リビング

看板無い不動産屋をやっています。(小さくはありますよ。)
看板を見て来ましたのお客さんでは無く
ホームページの問い合わせと知人の紹介が主になります。
少しの管理物件、土地、中古マンション、戸建て売買のお仕事をするようになりました。

これから目指したい事

昔の駄菓子屋さんのような不動産屋さんを楽しみながら続けていく。
上京した方の応援をしていきたい。
一人暮らしの女性が困ったとき、声をかけられるような薫リビングになる。
東京(浦安)を離れる時も連絡ください♪ お茶飲みに来てください♪ お疲れ様でした♪
はい!これから目指したい事はこれからも女性が一人でも問い合わせをしやすい不動産屋さんを元気に続けていくことです。